前回の記事『姿勢のお話』で姿勢のコントロールについてお話しました。
軽くおさらいすると、基本的に姿勢は無意識的にコントロールされており、意識的に姿勢を変えようとしても、それは長続きせず、姿勢以外に意識が向いてしまうと、元に戻ってしまうというお話でした。
そして前回の最後にお話しましたが、無意識的な姿勢制御を変えるためには、呼吸の適正化や体性感覚や視覚、前庭覚などの感覚の統合(エラーの修正)、脳の活性化など包括的に介入する必要があります。
今回は呼吸の適正化と背骨の動きについて、細かく見ていきましょう。
1.呼吸を適正化する
呼吸が適正化されなければ、動作を適正化することはできない
世界的な呼吸器内科の名医 ーDr. Karel Lewit
呼吸機能への介入によって
①生化学的変化(体内環境)
②生体力学的変化(身体機能)
③精神生理学的変化(精神状態)
などの要素を変化させることが期待でき、これらを変化させることが、運動や治療プログラムの基盤となります。
量の適正化
呼吸機能への介入方法として、まず呼吸量の適正化があります。精神的ストレスや食生活の偏り、横隔膜の呼吸筋としての機能不全などの影響により、呼吸回数が増えると言われています。
呼吸数の多い人の特徴として、口呼吸をしている、安静時にも呼吸の音が聞こえる、頭が前に出た猫背姿勢や、逆に上半身を反りかった姿勢をとっているなどが挙げられます。
呼吸量が必要以上に多い状態を24時間維持すると、その後も呼吸過多状態が続くようになる
ーKonstantin Pavlovich Buteyko(1923~2003)
そして、呼吸量が多い状態の生活を続けているとそれが定着し、胸郭の伸展や背部の過緊張を生み、姿勢へ大きな影響を及ぼすようになります。
ではどのような呼吸をすれば良いのでしょうか?
それは、
・軽い呼吸/静かな呼吸/ソフトな呼吸/鼻呼吸
・横隔膜呼吸/規則正しい呼吸/呼気と吸気の間に止まる時間がある呼吸
といったものになります。
呼吸(量)の評価:CP (コントロールポーズ)
そこで、ご自身が呼吸過多の状態にあるかをチェックする方法があります。
CP (コントロールポーズ)とは、『楽に呼吸を止めていられる時間』のことで、CPが10秒未満は重度の過呼吸状態、20秒未満は過呼吸状態、20~40秒は通常、40秒以上が理想とされています。
計測方法は、
1.静かに少しだけ息を吸い、静かに少しだけ息を吐く
2.空気が肺に入らないように、指で鼻を抑える
3.「はっきりと息を吸いたいと感じるまで」の時間を測る
4.指を離し、鼻で呼吸をする
このテストは、最大でどれだけ息を止めていられるかを測るものではなく、計測後に呼吸が乱れるほど、我慢してはいけません。また、朝起床後すぐの計測が最も正確で、日中測った場合は、20秒超えていれば良いともされています。
この方法でご自身の呼吸量を把握できたら、次にエクササイズを行なって、呼吸量をコントロールしていきましょう!
呼吸量をコントロールするエクササイズ
呼吸量をコントロールする代表的なエクササイズとして、
・10-10-10 Breathing
をご紹介します。
このエクササイズは楽な姿勢で、10秒息を吸う⇨10秒息を吐く⇨10秒息を止めるといった呼吸を繰り返すエクササイズです。
この秒数は3秒にしてもいいですし、5秒にしても大丈夫です。ただし、コントロールポーズで楽に息を止めていられる時間以下に設定してください。
まずは仰向けに寝て、膝を立てた状態から始めるのがいいかもしれません。慣れてきたら、ストレッチポールに寝た状態や、90-90のポジション(仰向けで足を上げ、股関節と膝をそれぞれ90度に曲げた姿勢)などで行うのもOKです。
呼吸パターンの適正化
次の呼吸機能への介入方法として、呼吸パターンの適正化です。
しかし呼吸パターンは咀嚼や歩行などとともに原始動作といわれ、発育の過程で自然に発現する動作パターンですので、その動作の手順や方法を意識的に学ぶことは最適な習得方法ではありません。
ここでは呼吸動作の手順や方法などを学習するというのではなく、様々な姿勢やポジションで呼吸をして、望ましい胸郭の動きや胸腔内圧、腹腔内圧のコントロールができるようにしていきましょう。
空気の流れ
ご存知の通り、呼吸とは空気を吸って、肺に酸素を取り入れ、二酸化炭素を肺から排出する動作です。
空気は圧力の高いところから低いところへ流れるので、吸気時は、吸気筋によって胸郭(胸椎、肋骨、胸骨で囲まれた骨格構造で、この中に肺が収まっている)を広げ、肺の内部を陰圧にして空気が肺へ流れていきます。
呼気は、肺や胸郭、吸気筋、皮膚の跳ね返りの力で受動的に起こります。さらに意識的な呼気筋群によって自発的な力を加えることもできます。
ですので、呼吸による換気は、胸腔(胸郭に取り囲まれた空間)と腹腔(横隔膜より下の腹部の空間)の形状と機能に影響を受けます。
例えば、猫背のような背中が丸まった姿勢や、上体が反り返った姿勢では、適切に胸郭が拡がらないので、別の方法で空気を取り込むしかありません。
結果的に、首や肩周り、腰の筋肉を使って無理やり胸郭を上げ下げするので、首・肩・腰の筋肉の緊張が強まり、様々な不調の原因となってしまいます。
2.胸郭(背骨と肋骨)を動かす
良くない姿勢と言われる、猫背やスマホ首、また反り腰といったような姿勢は、ほとんどの場合が、吸気姿勢で動かなくなっており、
・呼気が苦手なため、風船などを膨らませられない
・脊椎伸展位で固まっていて、体を丸めることができない
・肋骨は吸気位(外旋位)
・身体後部(背中)の筋緊張が強い
このような状態になっていることが多いです。
つまり、肋骨が開いて、背骨は反っている(伸展位)になっている状態です。
まず曲げる
まずは背中をしっかりと丸めることから始めましょう。背骨を曲げることで、背面の筋の緊張を抑制し、息を吐ける状態にしていきます。
代表的なエクササイズとしては、
・ファーストポジション(*動画を再生すると音声が流れます)
・キャットブリージング(*動画を再生すると音声が流れます)
このようなエクササイズで、背骨を丸めた状態で深呼吸をして、腹筋も協調的に働くように促しましょう。そうすうことで、背部の筋緊張を緩め、胸郭が拡がりやすくなります。
背骨をゆっくりと動かす
次に、骨盤と背骨をゆっくりと一本一本動かせるように練習していきましょう。
背骨の分離運動を行うことで、背骨周囲の深層筋を活性化し、背部の筋肉の緊張の緩和や背骨の圧迫ストレスの軽減、動きの操作性の向上などが期待できます。
この運動は筋の収縮が強くなると、動きのコントロールが難しくなるので、始めはできるだけリラックスした状態(仰向けに寝た状態など)で、できるだけゆっくりを動かしていきましょう。
・ブリッジ (*動画を再生すると音声が流れます)
この動きに眼球運動などを組み合わせることで、脊柱を安定させる筋肉を活性化することも期待できます。
・ロールアップ (*動画を再生すると音声が流れます)
次は反らせる
背部の過緊張を抑制し、腹筋との協調運動ができるようになったら、次に胸郭の前面を拡張させ、体を反らすことができるようにしていきましょう。
しかし、その前段階として腹筋がしっかりと働いた状態を維持しながら、体を反らせる必要があります。
そのためのエクササイズとしては、
・アームアークス (*動画を再生すると音声が流れます)
・デッドバグ (*動画を再生すると音声が流れます)
などのエクササイズで、骨盤から腰椎をしっかり床につけた状態を維持しながら、手や足を伸ばすことができるようになる必要があります。
これができるようななったら、次に
・スワン (*動画を再生すると音声が流れます)
などのエクササイズで、腹筋をしっかり活性した状態で、胸郭前面の拡張、脊椎の伸展を行えるようにしていきましょう。
最後にひねる
体を捻る動作は、動作の中で脊柱にかかる圧迫ストレスが一番高いため、屈曲・伸展動作が適切に行えるようになってから行います。
捻る動作は片側の胸郭を拡張し、もう一方の胸郭は閉じる必要があります。右に体を捻った時は、右の胸郭が拡張、左の胸郭は閉じる、左に体を捻った時は、左の胸郭が拡張、右の胸郭は閉じます。
野球の投球・打撃動作やゴルフのスイングなどは、この胸郭の動きができないと、体が上手く捻れないですし、歩く時にもこの胸郭の回旋動作は必要になります。
捻るエクササイズとしては、
・ツイストブリージング (*動画を再生すると音声が流れます)
・チェストオープナー (*動画を再生すると音声が流れます)
などのエクササイズを行い、適切に体を捻られるようにしていきましょう。
まとめ
今回は、呼吸の量を適正化し、背部の筋肉の過緊張を抑え、適切に背骨をコントロールできるようにする方法をお伝えしてきました。
現代人は、様々な要因によって、呼吸量が多くなりやすく、背中の筋肉が過度に緊張し、多くの問題を引き起こすと考えられます。
腰や首の問題が起こるのは、比較的イメージがつきやすいと思いますが、胸郭出口症候群による腕の症状や、投球障害でよく見られる肩峰下インピンジメント症候群、下肢では、アキレス腱炎やシンスプリントなどを引き起こす要因でもあります。
また脊柱を適切にコントロールできないと、四肢(腕や脚)の出力を制限し、パフォーマンスが上がらない要因にもなりますので、ぜひ日々のコンディショニングプログラムの中に、ご紹介したエクササイズを取り入れてみてください。
